このコーナーでは、豊橋鉄道田口線の廃線跡の現状を紹介します。


田口線について

豊橋鉄道田口線(開業時は田口鉄道)は、かつてJR飯田線本長篠駅(開業時は鳳来寺口:愛知県南設楽郡鳳来町)と愛知県北設楽郡設楽町の中心である田口地区とを結んでいた全長22.6kmの鉄道です。昭和43年に全線廃止されて以来30年を経ていますがその廃線跡は随所に残っており、在りし日の情景を偲ぶことができます。しかし将来ダム建設のため一部がダム湖に沈むことになりそうです。



路線図

現地調査に加え、地図や文献などから可能な限りの情報を収集して作成しましたが、まだまだ不明な点が多いのであくまで参考として示します。なお、凡例中の田口線跡のA,B,Cの区別は以下のとおりです。図中のここぞと思うところをクリックしてみて下さい。画像集の対応する箇所が表示されます。

  1. 一般車両では通行不可または未確認の区間
  2. 軌道跡が拡幅されて2車線の道路になっているため、跡形もない区間
  3. 軌道跡が拡幅されずに生活道路またはサイクリング・ロードになっている区間
路線図

ルート設定の経緯

ルート設定にあたっての経緯を簡略に示します。

当初、起点は豊川鉄道終点長篠(現JR飯田線大海)の予定であったが、鳳来寺鉄道(現JR飯田線大海−三河川合間)と鳳来寺からの出資を仰ぐため、鳳来寺鉄道鳳来寺口を起点とし、鳳来寺山の麓を経由するルートに変更となった。

また、終点については宮内省が森林鉄道との接続を優先することを条件に最大出資者となっていたため、止むをえず田口市街から遠く離れた寒狭川沿いとなった。

玖老勢−清崎間については予定どおりらしいが、田峰駅に関しては森林鉄道との接続のため(田口と同じく宮内省が出した条件)寒狭川右岸に駅を設ける必要があり、前後で寒狭川を渡っている。(ただし、この条件が無い場合に左岸をそのまま進んだかどうかは不明)


探訪記('98.Apr)

では、鳳来寺口側から廃線跡を辿ってみましょう。

田口線の廃線跡は本長篠駅の東で飯田線から北に分岐し、東西方向の旧道、続いて国道151号と交差します。(地点ア)国道との交差部の東南角にはうどん屋があります。少しずつ高度を稼ぎながら北に進み短いトンネルを抜けます。(地点イ)さらに進むと町営団地の手前の交差点で舗装道路が途切れます。廃線跡はその団地の脇を先に伸びて草叢に消えています。しかたないので、左に折れ県道32号に出て北へ行くと、すぐにこの県道と大井川を渡っていた橋の橋脚が見えてきます。(地点ウ)そこから先は大井川の右岸の山並みを縫っているのですが軌道跡へは容易にアクセスできないようです。次に廃線跡へ近づけるのは三河大草駅の南で県道から西へ伸びている道路を越えている地点です。橋桁があるわけではないので道の両側の盛土に気づかないと通り越してしまいます。この地点から、三河大草駅の跡へ「当時の利用者が駅へ通った道」でアクセスできるそうですが、確認していません。

車の場合、三河大草駅跡へはいったん県道に戻り、貴船神社の所で西へ向かう道に分け入ります。西方に廃線跡の築堤が見えていますので検討をつけて、築堤が渡っている谷の北側へ取付く道をうまく辿って行くと廃線跡を横切る地点へ着きます。南北両側にトンネルがありますが、南側のトンネル(築堤の先にあります。)を抜けると三河大草駅のホームの跡が東側に見えます。ホームの向こう側に階段があり、階段の下から利用客が通ったであろう細道が林の中へ伸びています。駅跡からさらに南へ50mほど進むと廃線跡は草叢に消えています。引き返して、今度は北側のトンネルを抜けると廃線跡は、西側の平地と東側の斜面ともども一面砂利に覆われています。その先にもトンネルがありましたが、仕切りがあって入れません。(扉があって錠がしてある。)ただ、上の方が少し空いているので向こう側の入口までは確認できます。

さて、次に廃線跡へ進入可能なポイントは、再び県道へ戻ってさらに北へしばらく行った先で左に入る道です。その道は、少し県道沿いに北へ向かって直角に左へ曲がると、田口線の築堤を割って先に伸びています。(地点エ)築堤の向こう側から築堤上へアクセスする道があり、トンネルを一つ抜けた先で左へヘアピンカーブして上がっていきますが、廃線跡は真っ直ぐ伸びて草叢の向こうでトンネルに消えています。その次はまたまた県道に戻って、急坂を登った先で東側にそれらしいカーブを描いています。(地点オ)この区間は両方から進入可能ですが、両端とも県道に取付くため急坂になっていますので、入口だけ見ていると分かりません。その先は掘割とトンネルで鳳来寺まで抜けていたはずなのですが、県道と消防署で潰されて跡形もありません。かろうじでT字の交差点の手前で左に曲がって行く木が生えていない細長い地形があるのですが、それが基準面かどうかは怪しいです。

鳳来寺駅跡付近では2車線の県道が廃線跡です。少し先で左へ折れて未舗装のトンネルに入ります。(地点カ)出たところで道を横切りますのでここで振り返ると道の脇の足元に「田口鉄道跡」の標識が確認できます。その先で小さな川を渡り、線路跡に建てられた小屋の脇をかすめて進むとトンネルがあり、入口に「落石のため通行は危険」と書いた立て札が立っています。危険とあれば仕方ないので、県道へ戻って北へ向かいます。再び廃線跡へ進入可能となる次のポイントは、鳳来寺小学校前のサイクリング・ロード入口です。(地点ク)この地点から鳳来寺方向へは草叢の中ですが、県道をくぐって、先ほど「落石危険」で進入できなかったトンネルの反対側の入口まで確認できます。(地点キ)玖老勢方向へは玖老勢駅跡を少し過ぎたところまでサイクリング・ロードになっています。玖老勢の街を見下ろしながらのサイクリングになります。

玖老勢駅跡は消防団の詰所になっています。駅へのアクセス道路がそのまま残っています。サイクリング・ロードの終点(地点ケ)からは三河大石駅跡の先まで2車線の県道が廃線跡です。三河大石駅跡はバス停がその位置を示しているだけで何も残っていません。引き続き県道を行くと、左下へ分岐していく細い道が確認できます。(地点コ)これが廃線跡で、海老川を渡って県道の対岸へ移ります。岩盤をくり貫いた「双瀬(ならぜ)トンネル」を過ぎ、もう一つトンネルを抜けてさらに行くと、海老の街の手前で真新しい大きな建物に突き当たります。線路は直進していたにちがいありませんが、仕方ないので道なりに右へ迂回すると左前方に空き地があり、「海老車庫前」のバス停があります。ここが三河海老駅の跡です。

三河海老駅跡の空き地は北側で一本の狭い道路に集約されます。この道が廃線跡で、季節柄桜並木が奇麗でした。(地点サ)道はどんどん高度をかせいでいくのですが、右下へストンと落ちる地点があります。ここで視線をこれまできた道の勾配の延長上まで上げると、前方に廃線跡が続いているのが分かります。車をあきらめて、草叢を進むと滝上駅跡のホームが東側に見えます。トイレも残っています。滝上駅跡の先には短いトンネル(このトンネルは滝上の信号交差点の真西にある。)があり、抜けた先で県道389号に切り取られています。(地点シ)その先は県道が廃線跡で稲目トンネルで一気に田峰へ抜けます。このトンネルは現在は2車線の道路トンネルになっています。出口の先で寒狭川を渡った(寒狭川第一橋梁)ところが田峰駅跡です。県道の両側の平地の広がり具合がなんとか痕跡といったところでしょうか。ちなみに田峰駅の南西には森林鉄道のトンネルの跡もあります。

田峰駅跡からは寒狭川第二橋梁ですぐに寒狭川左岸へ渡っていたのですが、橋の痕跡が全く見当たりません。県道389号が国道257号と合流する地点(田峰交差点)の手前で寒狭川を垂直に渡っている橋はあるのですが、左岸であまりにも急にカーブしているため、この橋自体は廃線跡ではありません。(当時の写真を見ても、鉄橋は斜めに渡っています。)ただ、この橋を渡って急カーブした先で左岸を北に進む道は廃線跡で、しばらく進むと通行止めの標識の向こうで薮に消えています。(地点ス)引き返して国道を北上します。前方に清嶺(せいれい)トンネルの入口が見えてくると、入口から右へ対岸に沿ってガードレールが確認できます。ここが次に廃線跡にアクセスできる地点です。

清嶺トンネルから清崎方は国道257が廃線跡で、そこまでの廃線跡はトンネル中で合流しています。(もちろん、トンネルに横穴が明いているわけではないので、合流は確認できません。)というのは、先ほど確認したガードレールの道を国道から10mほど進んだところで左後方を見ると、トンネルの入口が木の枝の重なった向こうに確認できるからです。長原前駅はトンネルのすぐ手前で、谷側にホームがあったのですが跡形もありません。そのさらに先田峰方はトンネルに入るまで確認できます。トンネルの入口は下から半分ほど土に埋まっていました。再び清嶺トンネルへ戻って、国道を進むと清崎です。清崎駅跡はそれらしい敷地の広がりの脇に駅へのアクセス道路(パン屋の前)と駅構内にあった井戸が残るのみです。

清崎から先、寒狭川の支流を渡ったところで国道は右に折れますが、廃線跡は寒狭川を渡って(寒狭川第三橋梁)対岸のトンネルに入ります。ここから先は一本道で、寒狭川右岸をしばらく進み、(この区間は国道257からも確認できます。:地点セ)短いトンネルを抜けて再び寒狭川を渡ります。これが寒狭川第四橋梁(通称高鉄橋)で、河原へ降りて下から撮影可能です。(私は清崎側のトンネルのさらに清崎側の入口付近から河原へ降りてしまったので大回りをしてしまいましたが、橋の清崎寄りからも下へ降りられそうです。)寒狭川第四橋梁の先でトンネルを抜け、さらもう一つ抜けたところ(地点ソ)からは寒狭川の河岸を行きます。ところどころ、釣人が乗り付けた車が路肩に駐車してあります。鮎淵駅は鮎釣りのシーズンのみの営業だったそうです。位置は確認してません。補強されたトンネルを抜け(地点タ)、ひたすら川沿いに行くと、道の両側に平らなスペースが広がって、終点の三河田口駅跡に着きます。廃屋同然ではありますが唯一駅舎が残存しています。あたりを見回すと一軒の廃屋と、その隣に真新しい看板のかかった宿(たぶん)が一軒あるだけです。

田口の街はここから2.1km、九十九折りの道で標高差150mを登った先にあり、当時は連絡バスが運転されていました。その田口の街のさらに丘の上に「奥三河郷土館」があり、田口線の電車が一両保存されています。車内は資料館になっています。


参考文献